ネタバレ考察

シャッターアイランドをネタバレと考察! 治療ではなく洗脳だった説

シャッターアイランドってどういう話?

シャッターアイランドを一言で

主人公を使った実験場(箱庭)の物語

シャッターアイランドの映画ジャンル

クローズドサークル本格ミステリー風の社会派ミステリー

シャッターアイランドの見どころ

  1. 自分を旦那と思い違いしている女性精神病患者をハグし、旦那のふりをして慰めていたところ
  2. 「あなたは誰なの!」と突然、キレられ、ドン引きしているディカプリオの演技。

シャッターアイランドの核心から結末まで躊躇せずネタバレ!

あらすじをネタバレ!

重犯罪者ばかりを集めた、孤島にある精神病棟から女性患者が姿を消した。
彼女が姿を消したときいた部屋は、密室だった。
彼女の部屋を調査すると、意味深なメモが発見される。
四の法則
67番目は誰?
翌日は嵐。迎えのフェリーはこない。
何かを隠していそうな、患者、医師、スタッフ。
「この島は何かがおかしい」
「謎を解くまで出ることはできない」

……と。

典型的なオカルトで装飾した、クローズドサークル系ミステリーのような話の流れですが、
それはすべて製作者側のミスリードです。

密室トリックはありません。
失踪事件に犯人はいません。
犯人はいませんので、動機もありません。

すべては茶番です。

いきなり核心をネタバレ!

  1. 主人公は、連邦保安官(テディ・ダニエルズ)ではなく、シャッターアイランドに収監されている重犯罪者(アンドリュー・レディス)。
  2. 相棒は、連邦保安官(チャック)ではなく、主人公の主治医(シーアン)。
  3. シャッターアイランドは全編通して、すべてが、主人公を治療するためのロールプレイだった。
  4. 主人公が自分の妻を殺した放火魔(レディス)は、主人公自身だった。
  5. 四の法則は、主人公と放火魔。主人公の妻と失踪した女性患者の4つの名前がそれぞれアナグラムになっているということ。
  6. 67番目は誰? の67番目は、主人公のこと。精神病院の67人目の患者。
  7. ジョン・コーリー医師の目的は、保守派のロボトミー手術。革新派の投薬治療以外に、進歩派としての施術の有効性を証明したかった。

一行で結末をネタバレ!

主人公は、治療失敗を装い、自らロボトミー手術を受けることにする。

シャッターアイランドをネタバレから考察してみる

主人公は、治療失敗を装い、自らロボトミー手術を受けることにした。
というラストについては、まあ、ほとんどの人が異論ない解釈じゃないかと思いますし、
製作者もそのように思わせようと演出していると思います。

というか、まあ、そのとおりなんでしょうけど。

でも、物語は、そこから自分なりにいろいろと考えることで、さらに2度も3度も楽しむことができるのです。
というわけで、今回も製作者側から提示されている答え、以外の答えについて可能性を考察してみたいと思います。

主人公は初めから正気だったのではないか? 説

「主人公(テディ)は、初めから正気だったのではないか? 説」にたどり着いたのは、
2回目の視聴で、冒頭のシーンをみたときのことでした。

水だ。ただの大量の水だ」と、テディは言います。
ここで、強くてニューゲームの中にいる、ぼくは理由がわかります。
バタフライ・エフェクトでいうところの、ループした2回目の世界だからです。
なんでもわかっちゃいます。

で。

(ああ、奥さんが子どもを溺死させたことに対するトラウマを表現しているシーンだな)
次の瞬間。
(あれ?)
違和感を感じます。
違和感を感じたのは次の主人公のセリフです。
「がんばれ」
と、彼は、連邦保安官である自分に鏡越しに言い聞かせるのです。
そして、主人公演じるディカプリオは強い意志を感じることができる表情をしています。

もし、です。
正気でなく、気がふれている状態で、
本当に自分がテディだと思っていたとしてです。

その場合、水がダメな理由をテディは自分で理解していないことになります。

その場合、鏡ごしの自分にかける言葉は
「がんばれ」でしょうか。

船酔いなら、
「気持ちわる・・・」
だとか、
「来なきゃよかった・・・」
だったり、
恐怖症なら、
「大丈夫、大丈夫、沈まない沈まない」
みたいな、弱気であったり、守りの言葉じゃないでしょうか。
精神を安定させるような。

よくわからない、苦手なもの、に対峙しているときに、
人間は自分自身を奮い立たせようと「がんばれ」なんていわないと思うんですよ。

となれば、彼は、主人公は、このとき
強い意志を持って何かを成そうとしている、ということになります。

いったい何を達成しようと思っていたのでしょうか

で。

ぼくが、強くてニューゲーム中のぼくが、思った結論はこうでした。

本当は正気なのに、これからシャッターアイランドで、
すべての関係者を、専門家を騙しきる
という偉業を達成するため、自分を奮い立たせていたのではないか?

ということです。

この視点で、そのあとのストーリーを鑑賞していくと
また別の景色が見えます。

例えば、
庭掃除をしている、ハゲ散らかした女性は、主人公に向かい
「(し〜)」
と、人差し指を立て、唇にあてがい、沈黙を守る、あるいは沈黙を守るように、どちらにせよ沈黙を表現するジェスチャーをします。
また、彼女の表情はどこか、主人公に対して親しげです。

そして、一人ずつ面談をしている最中、
自分の旦那を殺してしまったというふくよかな女性は、主人公の相棒にして、主治医であるチャックが目を離した隙に
「RUN」と手帳へ書きなぐります。

字幕では、「逃げろ!」と訳してますが、「RUN」には逃げる以外の意味も多くありますよね。
むしろ、逃げる以外の意味の方が多いかと思います。
なのに、あえて、あの女性囚人が「RUN」という単語を使ったのには、やはり別の意味があったのかもしれません。
例えば、やりとげろ! であったり。

グループセラピーのシーンで、看護師はいうんですよ。

看護師「普通? それはどこの普通?」

って。

ここにいる人たちの普通は、ここ以外の普通とは違う、ということで、
逆にいえば、ここにいる、シャッターアイランドにいる、精神病棟にいる患者たちは
彼ら、彼女らの「普通」をある程度共感している、ということになります。

だから、他の患者にはわかっていたのかもしれません

主人公が、テディが正気だということを。

これまでの内容から、テディ(アンドリュー)は、正気だった、
ということを前提に考えてみると、次の疑問が浮かびます。

なぜ、正気を失ったふりをする必要があったのか?

それに対する答えは、
主人公は、テディは「ロボトミー手術を受けたかったから」なんじゃないかとおもんですよね。

主人公は、治療なんてものを望んでいたわけではなく、
自分の犯した罪を償いたかった。
患者ではなくて、罪人でいたかった。
罪人として、犯した罪の重さにふさわしい罰を与えて欲しかった。

なので、非人道的な治療方法である、ロボトミー手術を自ら望んで希望していたのではないかと。

「ロボトミーしてください!」

って自分で言えばいいんじゃない?
目頭にグッとピック差し込んで、イジイジしてください! って。

でも、それは無理な話です。
非人道的な治療法であっても、ロボトミーはあくまで治療法なんです。
もし、正気を取り戻している=治療済みであるのだとしたら、
自分で希望したところで、ロボトミーの施術をしてもらうことはできないのです。

また、彼は進歩的な立場である、ジョン医師の患者です。

ジョン医師は、シャッターアイランドにいる囚人たちを
「彼らは患者です」と言い切る。

主人公が「どんなに凶悪犯でもか」と尋ねたときも、
よどみなく「どんな凶悪犯でも、ここにいる方達は全員、患者です」と答える。
まっすぐな目で。

主人公も彼にとっては患者です。

クライマックスのジョン医師の話を聞けば、
彼が、何度も我慢強く、主人公を回復させるために、手を尽くしてきたことがわかります

そして、その過程で一度
ジョン医師「きみは正気を一度取り戻した」
ジョン医師「でもまた元に戻ってしまった」
と言います。

しかし、本当は、元になんて戻ってなかったんじゃないでしょうか。

ロボトミー手術を受けるというミッションがあるとして、
主人公がそれをクリアする条件は、
ジョン医師に治療を諦めさせること
だったんです。

今回のロールプレイについてジョン医師は、
ジョン医師「最後のチャレンジだ」
とも言います。

つまり、主人公がロボトミーを受けたかったのだとしたら、
今回のロールプレイを失敗に終わらせ、ジョン医師に諦めさせるしかなかったのです。

そのための決意の主人公が自分に対して鏡に向かっていった
主人公「がんばれ」
だったのではないでしょうか。

ラストのシーン。

すべてをやりきった主人公(テディであり、アンドリュー・レディス)は、
嵐のすぎた青空のように、すっきりとした表情で、相棒(チャックであり、主治医のシーアン)とタバコを吸っています。

主人公「モンスターのまま生きるのと、善人として死ぬのはどっちがいい?」

答えは人それぞれでしょう。
ただ、彼は死を選びました。

生物学上は、ロボトミーしても、死にはしません。
ただ、この世のすべては認識です。

自分を自分と認識できなくなったとき、
それは死と同義
なのではないでしょうか。

などと、余韻に浸りながら、
ぼく「これだよ、この話の真相はこれなんだよ」
なんて、ひとりで誇らしげにうなずき、コーヒーを飲みながら、
シャッターアイランドを反芻してました。

すると、また新たな疑問が生まれてきました。

説明のないモチーフ、マクガフィンについてです。

そこからさらに考察し、考えた説を次に話します。

アンドリュー・レディスは存在しないのではないか? 説

もし、これがこの物語の真相だったのだとしたら、だいぶトンデモ理論ですし、
ミステリーでもなんでもなくて、ESのようなドキュメンタリーに近い映画になってしまうとは思うのですが、
思いついてしまったものは仕方がありません。
気になってしょうがないものは仕方がありません。
これ以外に説明するしかたがありません。

「主人公は最初から正気だったのではないか? 説」では、
作品のモチーフとして、「水」が多く使われていたことを言及しました。

実際に、シャッターアイランドの話が始まってしまった、
主人公のアンドリュー・レディスが精神病を患ったストレス要因は、
子どもを主人公の妻ドロレスが、溺死させてしまったことです。

ですが、全編を通して、真逆のモチーフも用いられています。
それは「火」です

主人公(テディ)「レディスは、妻と子どもを殺した放火魔だ

という発言からもわかるように、
夢の中での妻ドロレスとの逢瀬でも、ドロレスは焼け死、灰になっていました。

それだけではなくて。

灯台に捕まった(と妄想している)相棒を助けに行くシーン。
主人公は、車を爆破して注目をそちらに向けているうちに、灯台に忍び込もうと考えます。

車が爆発する瞬間。
そこに現れた、妻のドロレスと、少女。

二人は、爆発に巻き込まれその姿を消します

ふたりとも「水」ではなく「火」が死のモチーフになっています。

また、ずっと夢に出てくる少女は、1人なのですが、
実際、ドロレスが溺死させた子どもは、子どもたちで、3人います。
そのうちの一人が夢に出てくる少女です。

もし、夢が分裂したもうひとりの、本当の主人公、アンドリュー・レディスの記憶から
形成されているのだとしたら、違和感
があります。
ありありです。

水は変わらないもののモチーフだとしたら、
火は変わるもののモチーフです。

水と火だから反対、という意味でもありますが、
火はモノの状態を変化させる際に用いいられるものです。

固体を液体に、液体を気体に。
砂鉄を玉鋼に、玉鋼を刀剣に。

こう考えると、
火のモチーフは、何かを作り変える、別のものにするといった意味を感じずにはおれません。

一番気になっているものといえば、
ときどきに映し出される「ネブカドネザル」の絵画です。

あれは、社会を追放され、荒野をさまよっているネブカドネザルが、
だんだんと獣に変わっていく様だそうです。

が、人間性を失う
が、になっていく。
連邦保安官が、殺人犯になる。
テディ・ダニエルを、アンドリュー・レディスに書き換える。

そしてその絵が飾られているのは、進歩的な研究をしている
ジョン医師の部屋です。

ぼくは昔からずっと気になっていることがあります。

それは、みんなが自分を自分以外の人間だといい、
社会的にも、自分が自分以外の人間である証拠が揃っている場合、
自分はそれでも自分だと思いつづけることができるのか、ということです。

ジョン医師が研究していたことは、まさにこれかもしれません。

数々の困難や、証拠を基に、
連邦保安官であるテディ・ダニエルを、殺人犯であるアンドリュー・レディスだと認識させることができるか。

そして、テディはラストでまんまと自分をアンドリュー・レディスだと認識し、
自分の人格を放棄することに、満足すらするのでした

この物語の舞台は、1952年です。

サンフランシスコ平和条約で、日本は主権を取り戻します。
しかし、本当に取り戻すことができたのでしょうか

こういった実験の成果が利用され、
元の自分を取り戻した、と盲目的に錯覚させられているだけだったりするかもしれませんよ?

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